チェンマイよりみちの記録

タイ・チェンマイに寄り道する人生を選択した個人の記録です。私、ヨリミチ(仮名)が日本やタイからお届けします。

世の中は思った以上に緑や赤で溢れている

自分の目にする物は、思っていたよりも緑や赤って多いんだな、というのを実感したのは昨年終盤。
それを意識したのは、オットの友達のご子息が『赤が見えない人』だという事が発覚したからで。
本人は幼少期からそれを認識していたようで、でも周りの人にはそれを伝えず、親でさえも気付かなかったとの事。
なのになぜそれが判ったのかというと、大学受験で健康診断書が必要になり、その時に色覚異常が判ったと。
息子さんは学業の成績優秀者で、大学進学はそれほど高いハードルではなく、受験したい大学・学部を自分で決めて試験と面接を受ければほぼ問題なく次の扉が開くはずだった。

息子さんは『自分はチェンマイで生まれ育ってきたので大学はバンコクの学校に進学したい』と言っていた。
そこで取り敢えず(?)バンコクの2校に絞って受験する事になった。
その時の必要書類に健康診断書があって、チェンマイの国立病院で書類を作ってもらう事になったのだけど、そこで色覚異常が判明した。
本人は色がきちんと見えていない自覚はあって、診断には驚いていないようだったけれど、当の本人より動転していたのは親(オットの友達)。
診断名にも驚いたはずだけれども、18年間息子と一緒にいて自分達は全然それに気付かなかったと、違う角度からのショックを受けていた。
その診断がついてから振り返ってみると、そう言えば息子は色に対する反応がちょっと違ったとか、そう言えば息子は車もバイクも興味がないような感じで『免許は取らないよ』と言っていたとか、思い当たる節はいくつか浮かんでくるとの事だった。
結局バンコクの2校は色覚に問題があると書類選考を通過できないので試験を受ける事はなかった。

本命の大学を受ける前に闘いが終わってしまった息子さんは息子さんなりに考えるところがあったようで、でも親には『うん、大丈夫だよ』と言うだけで足が地に着かないというか目が泳ぐというか、明らかにそれまでとは違う様子なのでオットの友達は自分の息子が良からぬ道を選んでしまうのではないかと息子が自室に入るたびに心配になったそう。

そんな時にオットとヨリミチはその友達(息子さんの父親)に会ったのだけど、我々も友達として何もしてあげられないもどかしさがあった。

友達からの話を聞いてから自分の身の周りを見てみると、『赤と緑の区別がつかなかったら実物(今見えている状態)とはかなり違って見えるだろう』という物が結構あった。

バスルームにも。

市場近くの道端にも。

オットもヨリミチも、友達の落ち込みが尋常ではなかったのでそちらも含めていろいろ心配だったのだけど、その後息子さんはチェンマイ大学の某学部に合格し、来月からは入寮して学生生活が始まるとの事。

友達も安心して表情も柔らかくなっていたし、一時期増えてしまった白髪は『染めたよ!』と言って元気になっていた。

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