チェンマイよりみちの記録

タイ・チェンマイに寄り道する人生を選択した個人の記録です。私、ヨリミチ(仮名)が日本やタイからお届けします。

解ってくれているって安心

昨年の話になってしまうのだけど、日本にいる友達とLINEのビデオ通話で他愛のない話をする時間を作った。
これはヨリミチがチェンマイに来る前からの計画で、お互いの都合が良いのがヨリミチの出発後だったというわけで、ヨリミチは家から徒歩数分の地区の集会所の Wi-Fi を使う事にした。

その友達とはときどき LINE でやり取りをしていたけれど、最初からある程度の時間を確保してお喋りするとなると、話題が出るわ出るわ、あっという間に時間が過ぎて行き、1時間半だと思ったら実は2時間半も喋っていた事に気付いてびっくり。
年代的に、自分の健康問題よりも親の健康問題が気になる頃で、ヨリミチが日本とタイを行ったり来たりしているのは親の介護問題?と心配してくれて、そっちの問題は全くないわけではないけれど、ヘルパーさんやデイサービスを使う状態にはなっていないと返事をした。

でも気掛かりな事としては『実家に自分(ヨリミチ)の私物が多すぎる事』と言ったら、『そうだよねー、家で仕事するとなると、そっちの物も必要だから物が多くなるよね』と間髪おかずに返ってきた。
これはヨリミチにとって結構意外な事で、だいたいの場合は『そんなに何があるの?』とか『仕事関係はデータで残して3次元的な物は処分すれば?』というふうになる。
それはそれで間違いではないけれど、ヨリミチの仕事では『データで残せる物』が案外少ない。
と言うか、道具や材料が多すぎる・・・と言うのか?
『弘法、筆を選ばず』なんて言葉があるけれど、ヨリミチは弘法ではないので道具や素材はいろいろな物の中からその時々に最適な物を選ばなくてはならないのだ。

オットの仕事が安定していれば、それこそ仕事の物は処分してチェンマイで生活できるのだけど、コロナ禍があったり様々な事情でオットの労働環境が変わってしまったので、そういう中で今できるのがヨリミチの半日半泰生活。
『たられば』の話になってしまうけれど、コロナ禍さえなければヨリミチはその時期にチェンマイに拠点を移していたはずだったし、友達には友達なりの『たられば』がある。

そんなこんなで3時間近くもあれこれ話し、『じゃあまたね』という事でビデオ通話を終了。
遠く離れた友達と SNS でラクに連絡が取れるのは便利でありがたいけれど、それ以上に『自分の事を理解してくれている友達がいる』というのが沁みた日だった。

画像がないのもナンなので、通話を終えた途端にそこに蜂みたいなのがいるのに気付いてびっくりした画像を。↓

友達にこの画像を送ったら、『逃げて!!』と返信が。

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