チェンマイよりみちの記録

タイ・チェンマイに寄り道する人生を選択した個人の記録です。私、ヨリミチ(仮名)が日本やタイからお届けします。

種がない

仕事がない、お金がないというオットに鳥が運んできてくれたパパイヤ、最初に収穫したものはオットが頃合いを見て適当なときに食べてしまった。
パパイヤなんていうものはタイでは珍しくとも何ともないものなのでそれを食べることをわざわざ奥さんに報告することのほうがおかしいので、オットの行動は間違っていない。
でもヨリミチは初収穫のパパイヤがどんな味だったのかを知りたかったので『えーっ、もう食べちゃったの~?!』と反応してしまったら、オットもちょっと『しまった』と思ったようで『つ・・・次は教えるから・・・』と言っていた。
それでオットが言うことには、最初の収穫分は実の中に種がなかったということで、そんなパパイヤは見たこともなければ聞いたこともなかったので『種が小さかったんじゃなくて種が入っていなかったの?』と聞いてみたら、やっぱり種はなかったというのだ。肝心の味はそれなりに良かったようで、だからこそ食べたことの報告がなかったのだろう。
仮に不味ければ『家のパパイヤ、食べたら不味かったよ』という話になっただろうから。

パパイヤが熟れるスピードはヨリミチが思っているよりもゆっくりなようで、1本の木に実がたくさんついていても全部が同時に黄色くなるわけではなく、縦に実がつくタイプの木だと下から順々に黄色くなるようだ。

2度目の収穫は3個。

ある日そのうちの1個を食べるというので切った状態の画像を送ってもらうことにした。
するとやっぱり種がない。

ということは、この木になる実は全部種なしなのかも?
オットは『ぶどうやみかんも種なしの種類があるから別に驚くことでもないんじゃない?』と言っていたが、ヨリミチが言いたいのはそういうことではない。
種がなかったら木を増やしたいと思っても増やせないじゃないか!ということ。
おそらく鳥によって運ばれてきた種が成長して木になったのだから、その種が入っていた実は美味しいはずだと思っていた。(美味しくなければ鳥がそんなに実をつついて食べることはないだろうという仮説。)
なので種を取っておいて木を増やしたかったのだけど、その下心を見抜かれていたのか種がないとは。

やっぱり種を運んできたのは神様だったのかも。

↓(神様の話)

https://c-m-yorimichi.hatenablog.com/entry/2022/09/04/235816

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